弘前学院大学は「やばい」のか。偏差値35・定員割れと、キリスト教主義140年の中身を数字で見る

弘前学院大学は偏差値35.0でボーダーフリー、収容定員充足率は63.8%と定員割れの状態にあります。この二つは動かせない事実です。 ただ、この大学は1886年の来徳女学校を源流とする、青森県で最も古いキリスト教主義学校の系譜を引き、看護師や社会福祉士を地元で養成してきた実務の顔も持ちます。弘前で何を担ってきた大学なのかを公式データで確かめます。
この記事の目次
弘前学院の源流は1886年の来徳女学校。青森のキリスト教教育で最も古い系譜
弘前学院大学を語るとき、偏差値より先に置くべきなのは、この学校の古さです。源流は1886年(明治19年)、弘前教会内に開かれた「来徳女学校」までさかのぼります。校名は設立基金を寄付したライト夫人の名にちなむもので、その後は弘前遺愛女学校、弘前女学校、弘前聖愛高等女学校と名を変えながら、青森県で最初の女子普通教育の場として続いてきました。
創立者は本多庸一。津軽藩弘前の出身で、のちに青山学院の日本人初代院長、日本メソジスト教会の初代監督を務めた人物です。新島襄や内村鑑三、新渡戸稲造と並ぶ、日本のキリスト教主義教育の先駆者として知られます。つまり弘前学院は、地方の新設校ではなく、明治期の宣教とともに始まった140年近い歴史を持つ学校です。「やばい」で検索した人が最初に知るべきは、偏差値ではなくこの出自だと言えます。
建学の精神は「畏神愛人」。毎週木曜の礼拝が今も残る
弘前学院大学の建学の精神は「畏神愛人」(いしんあいじん)です。神を畏れ、人を愛するというキリスト教の理念を、そのまま大学の信条に据えています。形だけの看板ではなく、今も毎週木曜日に礼拝が行われ、学生が信仰を深めるためのリトリート(静修)も定期的に実施されています。ハンドベル・クワイアに所属する学生への授業料一部免除制度があるのも、この校風を映したものです。
2019年には、同じ本多庸一を建学の源流に持つ青山学院大学と、連携・協力の推進に関する基本協定を結んでいます。学生交流や単位互換、共同研究などを視野に入れた提携で、明治期に一人の人物から枝分かれした二つの学校が、130年以上を経てつながり直した形です。規模は小さくとも、こうした背景を持つ大学であることは、偏差値表には出てきません。
偏差値35.0・ボーダーフリーは事実。その意味を正しく押さえる
弘前学院大学の偏差値は35.0で、河合塾の基準ではボーダーフリー(BF)に区分されます。ここは隠さず認めるべき事実です。当サイトの判定でもボーダーフリー(S判定)としています。
ボーダーフリーとは、合格可能性50%のラインを引けるほど不合格者が出ない状態を指します。学力試験で人数を絞る設計になっていない、という意味であって、入学後に何も身につかないという意味ではありません。特に看護・社会福祉のような国家資格系では、入口の偏差値よりも、在学中に国家試験へ向けてどれだけ手をかけてもらえるかのほうが、卒業後の進路に直結します。数字が低いこと自体は事実として受け止めつつ、その数字が測っているのは「入口の競争率」であって「教育の中身」ではない、と分けて考える必要があります。
充足率63.8%は明確な定員割れ。少人数教育という裏返しでもある
弘前学院大学の収容定員充足率は63.8%です。100%を大きく下回っており、これは言葉を選ばずに言えば定員割れの状態です。青森という人口減少が進む地方にあり、近隣には国立の弘前大学や、看護・リハビリを擁する弘前医療福祉大学もあります。学生の取り合いが厳しい土地で、募集が定員に届いていない現実は、正直に認めるべき弱点です。
ただし、この数字には裏の面もあります。弘前学院は以前から少人数教育、学生一人ひとりに寄り添うオーダーメイド教育を掲げてきた大学です。定員に対して学生が少ないということは、教員との距離が近く、大教室に埋もれにくい環境でもあるということです。定員割れを「もうすぐ潰れる」と読むか、「一人あたりに手がかかる環境」と読むかは、志望者が何を求めるかで変わります。数字の低さは事実、その環境をどう使うかは別の話です。
看護学部は地元病院への就職に強い。学費負担の軽さも公式が打ち出す
弘前学院大学の実務面で最も分かりやすいのが看護学部です。2005年に開設され、看護師・保健師の国家試験合格を目標に据えています。養護教諭二種免許状や第一種衛生管理者免許も取得の道が用意されています。看護学部だけは稔町20-7の別キャンパスに置かれています。
2025年3月卒業生の就職先を見ると、津軽保健生活協同組合健生病院、弘前大学医学部附属病院、国立病院機構弘前総合医療センター、青森県立中央病院など、地元青森の中核病院が並びます。加えて自治医科大学附属さいたま医療センターや昭和大学横浜市北部病院など、首都圏の病院への就職実績もあります。青森で看護職として働くなら、地域の医療機関との近さはそのまま就職の実利になります。公式サイトは「東北6県の私立看護系学部でもっとも負担の軽い学費」を掲げており、費用面を重視する受験生にとっての訴求点にもなっています(学費の最新額は必ず公式サイトで確認してください)。
社会福祉学部は男女共学化の起点。社会福祉士・精神保健福祉士を目指せる
社会福祉学部は1999年に設置され、この開設を機に弘前学院大学は男女共学となりました。女子教育から始まった学校が総合大学へ広がっていく転換点が、この学部です。2003年には大学院社会福祉学研究科も置かれています。
取得を目指せる資格は、社会福祉士、精神保健福祉士、社会福祉主事任用資格、児童指導員任用資格などです。中学・高校の教諭一種免許状(社会・地歴公民)や特別支援学校教諭一種免許状の道も用意されています。就職先には、カナンの園、七峰会、児童養護施設弘前愛成園、岩手県社会福祉事業団といった福祉法人や、東京都・むつ市などの自治体が並びます。福祉の担い手が慢性的に不足している分野で、資格を軸に地元や近県へ就く現実的な進路が引かれています。キリスト教主義の「畏神愛人」という理念と、対人援助を学ぶ社会福祉が地続きである点も、この大学らしい組み合わせです。
文学部は英米文学・日本文学の2学科。教員免許と登録日本語教員も
大学の原型にあたるのが文学部です。1971年に短期大学の英文科・国文科を改組する形で、英米文学科と日本文学科の2学科として発足しました。弘前学院大学という名前が生まれたのもこの年です。少人数で語学や文学を深く読む、伝統的な人文系の学部です。
取得を目指せる資格には、中学・高校の教諭一種免許状(英語・国語)、特別支援学校教諭一種免許状、司書教諭、学芸員があります。近年は登録日本語教員(日本語教員試験の基礎試験・実践研修が免除される課程)にも対応しており、日本語教育という広がりのある進路も用意されています。教員養成サポートセンターを設け、採用試験対策から就職後の研修・相談まで支える体制をとっているのも特徴です。文学部の就職先には、青森県の教員のほか、テクノル、ユニバース、薬王堂、コープあおもりなど、地元企業が並びます。
弘前という立地は弱点ではなく、地元就職の近さという実利
弘前学院大学は青森県弘前市稔町にあります。桜の名所として知られる弘前城の城下町で、弘前大学をはじめとする学都の一つです。首都圏の大規模大学と競うなら人数でも知名度でも見劣りしますが、この大学が向き合ってきたのは、津軽・青森という地域の人材を育て、地域へ送り出すことでした。
看護は地元の中核病院へ、社会福祉は県内外の福祉法人や自治体へ、文学部は青森県の教員や地元企業へ。就職先を並べると、青森とその近県に根を張った進路がはっきり見えます。地元で学び、地元で働くことを前提にするなら、弘前という立地は不利ではなく、就職の近さという実利です。偏差値35.0とボーダーフリー、充足率63.8%という数字は事実として動きません。その上で、140年続くキリスト教主義の学校が、資格と地域という現実的な出口を持っていることも、同じく事実です。両方を見て判断するのが、この大学の正しい測り方です。
よくある質問
弘前学院大学はFランですか?
偏差値は35.0でボーダーフリー(BF)に区分され、判定上はFラン圏に入ります。収容定員充足率も63.8%で定員割れの状態にあり、これらは事実です。一方で1886年の来徳女学校を源流とするキリスト教主義140年の歴史を持ち、看護師・社会福祉士・教員免許など資格系の実務教育に軸足を置く大学でもあります。
弘前学院大学にはどんな学部がありますか?
文学部(英米文学科・日本文学科)、社会福祉学部、看護学部の3学部4学科です。文学部は1971年の大学開設時からの原型、社会福祉学部は1999年の男女共学化の起点、看護学部は2005年の開設で、それぞれ教員免許・社会福祉士や精神保健福祉士・看護師や保健師を目指せます。
弘前学院大学の就職先はどこが多いですか?
看護は健生病院、弘前大学医学部附属病院、国立病院機構弘前総合医療センター、青森県立中央病院など地元の中核病院が中心で、首都圏の病院への実績もあります。社会福祉はカナンの園などの福祉法人や自治体、文学部は青森県の教員や地元企業(テクノル、ユニバースなど)が主な進路です。
弘前学院大学とキリスト教はどう関係していますか?
建学の精神は「畏神愛人」で、青山学院の日本人初代院長を務めた本多庸一が1886年に開いた来徳女学校を源流とします。今も毎週木曜日に礼拝が行われ、2019年には同じ源流を持つ青山学院大学と連携協定を結んでいます。地方の新設校ではなく、明治期の宣教から続く歴史ある学校です。

相川 直樹